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本作品「プイアとイルカのテウラ」は 2018年８月１１日にバレエ「イルカのテウラと少女プライア」として初演しました。 詳しくはこちらへ：https://m-ballet.net/recital
＜プライアとイルカのテウラ イラスト＞ メインテーマ
大漁の感謝の踊り
プライアとテウラの再会
トビウオ
カクレクマノミのお母さんと子ども
ロブスターマーチ
クラゲ
ゼルガーナ
荒ぶるティブロン
波打ち際の首飾り
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プライアとイルカのテウラ つつみあつき
プロローグ
なだらかに弧を描いて向こうの岬へとのび ている砂浜。湖のような静かな入り江。そこ では、どこにでもある様な漁師の暮らしが営 まれていました。 その漁師の村にひとりの女の子がいました。 女の子の名前はプライア。 プライアは、漁師、オセアノの娘でした。 プライアは、初めて舟で沖に出たときの事 を、しっかりと覚えています。 初めての沖の海、そこは何処までも青く、 サンサンと注ぐ陽の光に輝いていました。 ところが、とんでもない光景に出くわした のでした。イルカの親子が大きな鮫に襲われ ていたのです。 イルカが水面からなんども飛び跳ねて、そ れを大きな背びれが追っていました。必死に 逃げる仔イルカ。母イルカも鮫から仔を守ろ うと必死でした。 ひときわ大きくイルカの親子が飛び跳ねた 時、プライアは仔イルカと目が会いました。 すると、仔イルカは舟めがけて飛び込んで来 たのです。それをオセアノは両腕でがっしり と受け止め、舟に助け入れて、プライアに言 いました。 「プライア、しっかり抱いていろ！」 鮫の狙いは仔イルカで、執拗に舟の周りを グルグルと泳ぎ回りました。母イルカは、鮫 になんども体当たりしましたが、大きな鮫は びくともしません。それどころか、母イルカ を跳ね飛ばしてしまいました。オセアノは、 銛を構え、狙い澄まして鮫の背中に銛を突き 刺しました。すると鮫は、銛が刺さったまま 逃げてしまいました。 オセアノは、仔イルカをそっと海に降ろし てやりました。けれど、親子のイルカはいつ までも舟から離れません。傷ついた母イルカ が、すっかり弱ってしまっていたのです。 オセアノは、母イルカに縄をかけて舟に繋 ぎ、浜へと漕いで行きました。のちに「テウ ラ」と名付けられた仔イルカは、母について 泳いで来ました。 幼いプライアは、船縁から「もう少しよ、 こっちよ」とテウラに声をかけ励まし続けま した。 浜には着きましたが、なす術もなく、母イ ルカは死んでしまいました。 死んだ母イルカから離れないテウラを見て オセアノはテウラを育てる決心をしました。 オセアノは、母イルカを手厚く葬り、その歯 で『イルカの首飾り』を作り、それをずっと 身につけました。 村の長老は「幼いイルカをひとが育てる事 は無理じゃ」と言って止めましたが、オセア ノは幼いテウラを見放す事は出来ませんでし た。幸いにも、テウラは、だんだんと元気を 取り戻してゆきました。 プライアも、いつもテウラと一緒でした。 はじめは、テウラとプライアは並んで泳いで いました。けれど、テウラがすっかり元気に なると、プライアにヒレを掴ませて勢い良く 泳ぎ回るようになりました。やはり、イルカ の方が泳ぐのが上手で早いのです。 こうして、テウラは、プライアとともにす くすくと育ってゆきました。
そんなある日、久しぶりにオセアノがプラ イアを連れて漁に出ました。すると、テウラ も沖まで舟を追いかけてきました。 その日のオセアノは、なんど網を海に投げ ても、小魚一匹とれませんでした。 こんな日もあるさと、オセアノがあきらめ かけた時、テウラが船の周りを回り始めまし た。最初は大きく、そして徐々に小さく。す ると、水面がだんだんと渦を巻き黒くなって 来たのです。その時、テウラは尾びれで水面 を叩きました。 オセアノは、はっとして、網を渦の中めが けて投げました。網をたぐり寄せると、舟か ら溢れるほどの魚がひと網で捕れたのでし た。テウラも嬉しそうに網の周りをぐるぐる と泳ぎまわり、口に大きな魚をくわえていま した。 この日から、オセアノはテウラと一緒に漁 をするようになったのです。 テウラが大きくなると、オセアノとの漁は さらに上手く行くようになりました。すると 他の漁師達や他のイルカ達も加わるようにな り、やがては村の漁師が皆、イルカと漁をす るようになりました。 プライアも村の女達にまじり、浜で仕事を するようになりました。 プライアは、テウラと一緒に漁へ行けない 事を寂しく思いました。けれど、漁から帰っ たテウラがプライアを背中に乗せて遊んでく れるので、それを楽しみにして、仕事に励み ました。 オセアノはプライアにいつも言います。 「プライアとテウラは、人とイルカだけど、 本当の姉妹なのだよ。」 「プライアがお姉さんよね。」 「いいや、テウラがお姉さんだな。プライア はテウラに遊んでもらっているだろう？」 「えーっ、ちがうわ、プライアが遊んであげ ているのよ！」
大漁
湿り気を含んだ海からの風が、時々思いつ いたように椰子の葉を揺らせています。 斜めに生えた大きな椰子の木、そのてっぺ んで、プライアは、じっと沖を見つめていま した。 椰子の木の下では、村の女達が、いくつも 盥や籠を洗ったり、魚をさばく包丁を研いだ いりして忙しく働いていました。プライアも つい先ほどまで洗い物をしていたのですが、 漁の帰りを見張る役目のため、椰子の上に登 ったのでした。 プライアは、テウラが漁から帰るのを今か 今かと待っていたので、この役目を喜んでし ていました。 「今日もきっと大漁よ。大忙しになるわ。」 とプライアがつぶやいたとき、沖の海と水平 線の境にケシ粒程の赤い点が見えました。 「来たーっ！」プライアは叫び、椰子の木 から駆け下りました。「大漁よ！」と、働い ている女達に言い、そのまま、浜へと走りま した。テウラはすでに浜に到着してプライア を待っています。 舟がどんなに帆をふくらませて急いでも、 イルカにはかないません。オセアノの小舟は 大漁の印の赤い旗をはためかせて、まだ、沖 にいました。 プライアが砂浜からざんぶと海に飛び込む と、テウラもこころえたもので『キキキッ』 と甲高い声で答え、プライアを背中に乗せ て、浜をぐるりと泳ぎ回りました。 しばらくしてオセアノの舟が浜に到着しま した。オセアノがプライアに言いました。 「さあ、プライア、テウラの帰る時間だ。」 「まだ、テウラと遊んであげなくちゃ！」 「どっちが遊んでもらっているのかな？明日 もあるのだから、もう群に返しなさい！」 「ハーイ。テウラ、またあしたね。」 テウラは『キキキッ』と甲高い声で鳴くと、 仲間のイルカ達がいる沖へと泳いで行きまし た。 テウラを見送ると、プライアはオセアノを 手伝い舟いっぱいの魚を家へと運びました。 やがて夕暮れになると、村人達が集まって 来ました。今日の大漁を祝うためです。女達 も着飾って集まり、宴が始まりました。 宴のはじめに漁師頭のオセアノが立ち上が り感謝の祈りを捧げました。
海の恵みに感謝しよう イルカ達の友情に感謝しよう 我らは海と共にあり、 共に生きている事を感謝しよう
オセアノの祈りが終わると、踊りがはじま りました。最初に小さな子どもたちが、海の 生き物に扮して踊り、次に、大きな子どもた ちがイルカの踊りを踊りました。そして、オ セアノが「海への感謝の踊り」をはじめると 漁師達はもちろんのこと村人の皆が踊りに加 わりました。
地震と津波
突然、轟音とともに島全体が揺れました。 地響きがおさまっても、村人たちはその場に へたり込んで動けませんでした。プライアも 座り込んだまま、あたりを見回すことしかで きませんでした。 突然、誰かが叫びました。 「あれはなんだ！海がふくれている！」 プライアは、海を見ました。海の水が凄い 勢いで引いて行き、いつもよりずっと先まで 浜が現れました。そして、海の底が露になっ た先、沖合の海が黒々と盛り上がって山のよ うに見えました。 黒い山はもっと大きく盛り上がり、迫って 来るのです。みしみしと細かく何かがきしむ 音がしたかと思うと、壁のような波が押し寄 せて来ました。 「津波だ。」 叫びにならない叫び声をあげながら、村人 たちは駆け出しました。 プライアは浜に生えている椰子の木に登ろ うとして椰子の幹にしがみつきましたが、す ぐさま、凄まじい波に椰子の木ごと飲み込ま れてしまいました。 プライアの耳に「キキキッ」というイルカ の鳴き声が聞こえたような気がしました。気 が遠くなる中でプライアは「テウラ、来ちゃ ダメ。」と言いました。
テウラ
明るい光の中、プライアは自分を呼ぶ声で 目が覚めました。 「プライア！プライア！もう、起きてよ。も う、重いんだから。ほら、ちょっとは自分で 泳いでよ。」 「えっ。どうして？」 「あなたずっと私の背中に乗って寝ているん だから。もう重くて、重くて。」 「ごめんなさい。って。あなただれ？」 「もう、テウラよ！ 毎日、遊んであげてる のに、なに忘れているのよ！」 「えっ！ イルカのテウラ？」 「そうよ、私がイルカのテウラでなくてなん なのよ！ プライアどうかしちゃったの？」 「テウラ、しゃべっている！」 「あたりまえでしょ！いつもしゃべっている じゃないの！」 「そうね。そうだったね。降りるね。乗せて くれてありがとう。背びれに捕まってもい い？」 「いいわよ。いつもみたいにね。寝ているあ なたを背中に乗せたのは初めてだったわ。」 「テウラ、ありがとう。でも、ここどこ？」 「海よ！」 そこで、プライアは気付きました。 「テウラ、お母さんはどこ？ お父さんは、 オセアノお父さんはどこ？」 「わからないわ、あたしが見つけたのはプラ イア、あなただけだったの」 「お父さんとお母さんを探さなくちゃ。村の 人もみんな一緒だったのよ。」 「プライア、落ち着いて。あなたひとりだっ たわ。」 「お父さんも津波に流されてしまったのだ わ。でも、オセアノは村一番の漁師よ、津波 になんか負けない、きっとこの海のどこかに いるわ。テウラ、お願い！お父さん達を見つ けて！」 「プライア、行きましょう！」 テウラがこう答えた時、トビウオ達が飛ん できました。
トビウオ
トビウオ達はささやきあいながら、テウラ とプライアの脇をすり抜けるように飛んで行 きました。
黒い水から逃れよう 黒い水から逃れよう ゼルガーナの宮殿へ飛んで行こう ゼルガーナの宮殿へ飛んで行こう
「まあ、本当に海の水が真っ黒だわ。」 「こんな海、はじめて。」 「怖い」 「私たちもゼルガーナの宮殿へ行きましょ う。」 「テウラ、あなた『ゼルガーナの宮殿』っ て、知っているの？」 「聞いた事があるだけ、でもトビウオさんを 追って行けばたどり着くわよ、きっと。 さあ、背びれにしっかり捕まって！」 テウラとプライアは、トビウオを追って泳ぎ だしました。 トビウオ達はずっと先の方へ行ってしまい ましたが、飛んでいるので見失う事はありま せんでした。 ところが突然姿が消えました。 「どこに行ったの？」 「海の中よ、きっと。ほら、もう黒くないか ら。」 「本当、海の底が見えるわ。ここは浅いの ね。珊瑚が見えるわ」 「カクレクマノミだわ。きいてみましょう。 きっとゼルガーナの宮殿を知っているわ よ。」
カクレクマノミ
カクレクマノミのお母さんは引っ越しのた めに大わらわでした。
急いで片付けなさい！ 急いで荷物をまとめなさい！ ああ、いそがしい
カクレクマノミの子どもたちが騒いでいまし た。
これも持って行く！ あれも持って行く！ もうそんなおもちゃで遊ばないでしょ
これも持って行く！ あれも持って行く！ もう古くて使わないでしょ
これも持って行く！ あれも持って行く！ 荷物が多すぎるから、持って行けないわ
テウラが遠慮がちに言いました。 「すみません。お引っ越しですか？」 「そうよ！すぐに引っ越さなければ。あなた たちも急ぎなさいよ。」 「どこへ引っ越すのですか？」 「ゼルガーナの宮殿に決まっているでし ょ！」 テウラとプライアは顔を見合わせました。 「是非、一緒に連れて行ってください。」 「一緒にだなんて、すぐそこよ。それにあな たの方が早く泳げるじゃないの。」 「すぐそこって？」 「すぐ底よ！」 カクレクマノミの子どもたちも一斉に海の 底を指差しました。海はサンゴの端から急に 深くなっていて、そこへちょうど、エビ達が 数珠つなぎになって行進していました。 「あなたたち、ちょうど良かったわね。エビ さん達の行列よ！あれについて行けばゼルガ ーナの宮殿まで迷う事はないわ。さあ、さっ さとお行きなさい！」 また、カクレクマノミの子どもたちが騒ぎ だしました。
おかあさん！ おかあさん！ おまえたち！いい加減になさい！
「テウラ、私、エビさん達の行列、初めて見 たわ。」 「プライアは初めてなの？私は何度か見た事 あるわ。けれども、ゼルガーナの宮殿へ行く とは知らなかったわ。あの行列について行っ てみましょう。」 「怖いわ、黒くなっているじゃないの。」 「黒いのではなくて暗いのよ、海の深い所は 暗いの。さあ、行きましょう。エビさん達が 行ってしまうわ。」
クラゲと鮫のティブロン
エビさん達の行列と一緒に深い海に進むと あたりは、だんだんと暗くなりました。する と、白くふわふわした物が漂って来ました。
わしらは、古くて新しい わしらは、若くて年寄り We are Ancient and Modern. We are Young and Old.
プライアが尋ねたました。 「すみません、あなたがたはどなたです？」 「クラゲは名前がつけられる前から、海にい る。」 「クラゲは名前がつけられてからも、海にい る。」
「ゼルガーナの宮殿をご存知ありません か？」 「わしらは海の中で一番古くて新しいからな んでも知っているよ。」 「わしらは海の中で一番若くて年寄りだから なんでも知っているよ。」
「ゼルガーナの宮殿はどこにあるのです か？」 「宮殿はこの下。クラゲはいつも正しい。」 「宮殿はこの下。クラゲはいつも正しい。」
その時、鮫が突然現れました。 「人間がなぜここにいるのだ！」 「クラゲは鮫より古くて新しい。」 「クラゲは鮫より若くて年寄り。」
「クラゲは黙っていろ！ここに人間が立ち入 る事は許されない。」 「人間も生き物。クラゲは知っている。」 「鮫も生き物。クラゲは知っている。」
「黙れ！同じであるはずはない！海の生き物 と人間は違うのだ！」 「生き物はおなじだとクラゲは知っている。 クラゲには逆らえない。」 「鮫も人間もクラゲも生き物だとクラゲは知 っている。クラゲには逆らえない。」
「ええい、役立たずの老いぼれめ！」 「ははは、わし等は古くて新しい。」 「ははは、わし等は若くて年寄り。」
ティブロンは怒ってクラゲ達を追い払おう としましたが、クラゲ達はそれを嘲るように ゆらゆらと揺れながら海の深みへと逃げて行 きました。ティブロンもクラゲ達を追って見 えなくなってしまいました。 プライアはそっとテウラに言いました。 「クラゲのお年寄りに助けられたね。」 テウラが「お年寄りじゃないよ。」言うと、 海の深みの暗闇から声が聞こえました。 「ははは、わし等は古くて新しい。」 「ははは、わし等は若くて年寄り。」 「ほらね。さあ、もっと深い海の底へ行きま しょう。」 テウラに促されて、プライアもさらに海の 深みへと泳ぎ出しました。深さとともに暗さ も増して、とうとう何も見えなくなりまし た。
海の宮殿
暗い海の深みの中に明かりが見えたかと思 うと、突然、宮殿の大広間にプライアとテウ ラはいました。 あぜんとする二人の前に、女王ゼルガーナ が現れ「プライアとイルカのテウラ、海の宮 殿にようこそ。私は女王ゼルガーナ、あなた たちを歓迎します。」と言いました。 「プライア、あなたのお父さんオセアノもこ こにいるのよ。さあ、こちらへおいでなさ い。」すると、父オセアノが二人の前に現れ ました。 「お父さん！」プライアは叫んで、オセアノ に飛びつきました。テウラも喜んで、ふたり のまわりを飛び跳ねています。 「お父さん！テウラと探しまわったのよ。で も、会えて良かった。本当に良かったわ。」 「プライアもテウラも無事でよかった。よく ここまで来られたね。」 「いなくなってしまうのだから心配したじゃ ない。」プライアはちょっと怒りましたが、 すぐに機嫌は直り、テウラとどんな冒険をし てここにたどり着いたのかを話し始めまし た。 「最初は、トビウオさん達が飛んで行くの を二人で追いかけたのよ。あら、トビウオさ ん達もここにいるの？」 広間の反対側からトビウオ達が飛び出し、 広間中を凄まじい早さで飛んだりはねたりし ています。
トビウオは水の中でも早いよ トビウオは水の上でも早いよ 飛んでくように早く泳ぐ 水を跳ねて、飛んで行く
「もしかして、カクレクマノミの家族もい るのかな？」テウラが「そうかも…。」と言 いかけると、カクレクマノミのお母さんがす かさず、「もちろんですとも！ さあさあ、 間に合ったわ。子どもたち、こちらへおい で！」と言いました。 わらわらと集まった子どもたちは、広間の 貝殻のシャンデリアや、珊瑚の柱を指差して 口々に何かを言っていました。 ところが、一番小さな子どもが「あっ！」 と言って壁のイソギンチャクを指差すと、み んなが一斉に飛びつきました。カクレクマノ ミのお母さんも加わり、一緒に団子になって 騒ぎ始めてしまいました。 するとイソギンチャクの下から、エビ達が 行列を作って出て来て、カクレクマノミ達に 口々に「うるさい！」と言っています。けれ ども、カクレクマノミ達はおかまいなく大騒 ぎを続けていました。 「あら、みんな来ているのね。お父さん、カ クレクマノミのお母さんに道を教えてもらっ て、エビさん達の行列について深い海に来た のよ。そうすると、クラゲさん達にあった の。でも、クラゲさん達っておかしなことを 言っていたわ。でも、クラゲさん達には助け られたのよ。」 するとクラゲが前に出て、「では、わしら が踊りを始めよう。わし等は海の中で一番 『古くて新しい』『若くて年寄り』なのだか ら。」 「ほらね。『古くて新しい』『若くて年寄 り』っておかしいくない？」 プライアが宮殿の広間を見渡すと、そこは 海の生き物で埋め尽くされていました。クラ ゲ達だけではなく、他の魚や海の生き物達も 楽しく踊ったり、歌ったりしています。カク レクマノミ達は、ずっと壁のイソギンチャク に大喜びで群がっていました。
突然、鮫のティブロンが現れ、魚達を蹴散 らしました。魚達は一目散に宮殿の角や柱の 陰に隠れました。ティブロンは、プライアと テウラを見つけると、二人を広間の中央に引 きずり出して言いました。 「我らティブロンの海は、美しく、豊かで、 永遠に誇り高く栄えるはずだった。」 「ところが、おまえ達、よそ者と裏切り者が 現れ、災厄をもたらしたのだ！」 ティブロンは、プライアに迫りました。 「人間どもよ、お前たちのせいで、多くの仲 間達が死に、美しい海が破壊されたのだ。」 すると、テウラが言い返しました。 「地震も津波もプライアのせいではない わ！」 「裏切り者め！ なぜ、イルカが人間の味方 をするのだ！」 ティブロンはテウラを跳ね飛ばし、テウラ は、広間の床に叩きつけられて気を失いまし た。 オセアノとプライアが駆け寄ってテウラを 助けおこそうとすると、ティブロンは、オセ アノを蹴り飛ばし、プライアを掴むと、鋭い 歯を見せながら言いました。 「おまえ達のひとりが死ねば、仲間がひとり 生き残る。それが、命を分け合うという事 だ。」 「やめよ！」ゼルガーナがティブロンの腕か らプライアを引き離しながら言いました。 「憎しみで命のやり取りをしてはならな い！」 しかし、ティブロンは、 「ゼルガーナよ、では、どうして、美しい海 が失われたのだ。」と、言い返しました。 「何故、死ななければならないのだ。」 「すべては、この忌まわしいよそ者と裏切り 者のせいだ！」 ゼルガーナは静かに語り始めました。 「大海嘯は生き物の為せる業ではない。」 「魚達だけではない、多くの人間達の命も失 われたのだ。海の生き物達と同じように。」 「しかし、ティブロンよ 思い出して欲し い。我らは命を分け合い、命の絆を紡いで来 たのだ。この絆は、大海嘯であっても断ち切 る事はできない。だから、美しい海はいつの 日か、必ずもどるのだ。」 クラゲ達もゆらゆらと揺れながら言った。 「命の絆は断ち切られない」 「分けあって命の絆は紡がれる」 「美しい海にもどろう」 「生き物達はいつか美しい海に」 クラゲ達がゆらゆらと揺れてティブロンに 語りかけようとしました。 しかし、「欺瞞だ！」と、ティブロンは叫 び、鋭い歯でクラゲ達を引き裂こうとしまし た。クラゲ達は、「分かち合えない命は、な い！」「生き物によそ者などない！」と、散 り散りになりなが言いました。他の魚達も 「よそ者などない」と口々に言っています。 しかし、ティブロンは皆を払いのけ叫びま した。「ならば、その人間とイルカの命をも らおう。おまえ達を殺して、このティブロン が生き残るのだ！」 プライアとテウラに襲いかかるティブロン の前に、オセアノが立ちはだかり、ティブロ ンはオセアノを鋭い歯で食いちぎろうとしま した。ところが、ティブロンの歯は、オセア ノの体をすり抜けてしまいます。怒ったティ ブロンは何度もオセアノにかぶりつこうとし たのですが、何度食らいついてもすり抜けて しまいます。 執拗に食らい付き「何故だ！」と、叫ぶテ ィブロンにゼルガーナは厳しく言いました。 「ティブロンよ、オセアノの命はお前ではな く、プライアとテウラにこそ受け継がれたの だ。」 そして、今度は厳かに、しかし優しく言いま した。 「ティブロンよ、自分の死を甘んじて受け入 れるのだ。お前の命も受け継がれよう。そし て、再び美しい海がもどる事を祈ろう。」 「ならば、このティブロンが懐かしい海にも どる事が出来ると約束できるのか？」 「それは、かなわぬ。美しくとも来世の海だ から。来世にもお前がティブロンとして生ま れるかは、誰にもわからぬ。それは、オセア ノも同じ、この私、ゼルガーナも同じだ。」 ゼルガーナはテウラとプライアにも優しく言 いました。 「テウラよ、プライアよ、この世ではおまえ 達が生き残り、命の絆をつなぐのだ。」 居合わせた皆が、ゼルガーナとともにゆら ゆらと揺れて踊っているようでした。 そして、暖かく優しい気持が広間中に伝わっ ていきました。 いつの間にか、オセアノ、プライア、テウ ラの三人だけになっていました。どこからと もなく聴こえてくる音楽がずっと続いていま す。 オセアノが言いました。 「プライアよ、これはお前が持っていってお くれ。」 オセアノはイルカの首飾りを取ると、プライ アの首にかけました。 「お父さん。でも、これは、とっても大切な 首飾りなのでしょう。」 「これは、テウラのお母さんだよ。だから、 プライアが大事に持っていておくれ。 そして、いつまでもテウラと仲良くしてお くれ。」 テウラがやってきて、首飾りにほおずりを しました。プライアは、イルカの首飾りがち ゃんとついているかもう一度確かめて、オセ アノとテウラに見せました。 オセアノは涙を流しながら微笑んで、それ からは、なにも言いませんでした。
エピローグ 渚にて
プライアは、『キキキッ』というイルカの 鳴き声で再び目が覚めました。砂浜は明るい 陽射しの下で波の音だけが聴こえています。 「冷たい？」プライアの足を波が洗ってい ました。 プライアは立ち上がって、声のする方を探 すと、少し離れた所にテウラの背びれが見え ました。時々、顔を水の上に上げて『キキキ ッ』と鳴いています。 ふと、足もとを見ると、イルカの首飾りが 波に洗われていました。プライアは、それを じっと見つめていました。 テウラが波打ち際まで来て『キキキッ』と 鳴きました。プライアはテウラにこう答えま した。 「イルカの首飾りよ。お父さんの首飾りよ、 これは。」 プライアはテウラの濡れた体をしっかりと 抱きました。 （了）
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